クァルテット・エクセルシオ第36回東京定期演奏会

1994年に結成したクァルテット・エクセルシオ、歳月を加えて2019年にその活動が四半世紀を迎えます。4月からは2019-20シーズンに突入し、その最初の定期が6月2日、上野の東京文化会館小ホールで開催されました。
今年は「Celebrating the 25th Anniversary」と題したプログラム誌が配布されますが、東京・札幌・京都で開催される定期は、結成25周年記念イベントとして行われたリクエスト企画から上位に選ばれた作品を集めてプログラムを組むことになっています。その第1回が以下の選曲↓

ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第1番へ長調作品18-1
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第8番ハ短調作品110
     ~休憩~
ブラームス/弦楽四重奏曲第3番変ロ長調作品67
 クァルテット・エクセルシオ

年間総合プログラムの第12ページに昨シーズンを通して集計されたリクエストの総合順位が掲載されていますが、例えば「0.14票」などとあるのは、原則1人1曲のところ複数の記入があり、この場合は曲数÷1票と集計されたからに他なりません。選ばれたのは全部で72曲、他に点数は付けられなかったものの、「ハイドンどれでも」「ベートーヴェンなんでも」「ベートーヴェン:アレグロ・モルト」「タンゴを是非!」「映画音楽、日本に限らず各種」というリクエストもあった由。
エクで聴いて感激した、という作品から、エクで聴いてみたい、という願望が含まれていたのかと想像するところです。

改めてこのリストを見ると、些か感慨深いものがありますね。
第1位には2曲が選ばれ、その1曲が今回の東京と札幌(6月5日)で演奏されるショスタコーヴィチの8番。もう1曲は秋の定期と京都でメインとして取り上げられるシューベルトの第15番です。シューベルトは「死と乙女」ではなく、最後のト長調というのが如何にもコアな聴き手が支えているエクという印象。
ベートーヴェンに絞れば、最も票を集めて第3位に選ばれたのは、ラズモフスキーではなく作品132! 72曲の中には西村朗(第2番)や八代秋雄に混じってガース・ノックス(第10位?)、シュニトケ、ヴィトマン、ヒナステラなどが並ぶのも、さすがエクと言うべきか。ディストラー、エーベルル、ロンベルク、ライヒャに至っては、なんじゃそれ???

と言うことで、このリストだけで一晩の酒の肴になりそう。いっそのこと「エク・メンバーとファンによるリクエスト座談会」でもやって、定期演奏会の瓦版でもある「エク通信」に載せたらどうでしょうか。思えばリクエスト企画そのものも、ある試演会後のパーティーで提案されたんでしたっけ。
この話題はここまで、演奏会レポートに移ると、

個人的な話ですが、実は前日には東京都美術館で開催中のクリムト展+第9講演会に出掛け、二日続けての上野行。5日には二期会のサロメにも出掛ける予定で、五日間で3回も上野に降り立つことになります。学生時代、東京のオーケストラの定期はほとんどが東京文化会館を会場にしていて、上野日参は日常茶飯事でした。恐らくそれ以来の上野続きとなりますが、当時と違うのは、圧倒的に外人観光客が多くなった公園内でしょう。
この日は駅から目の前のホールに直行しましたが、それでも複数言語が飛び交っていました。

6月と言えば、赤坂では室内楽の祭典が開幕したばかり。彼の地では恒例のベートーヴェン弦楽四重奏曲チクルスの初日とあり、エクセルシオの定期もサントリーに食われたという噂。確かにこれまでと比べて空席が目立っていましたが、最初の噂程のガラガラ状態ではありません。コアな聴き手がエクを支えている、これを改めて確認し、頼もしく感じた定期演奏会でもありました。
定期では、今までの自由席方式から変更して指定席スタイル。とは言っても席を指定して購入するのではなく、事前にブロックを希望して席は主催者側で決めるとのこと。何と回ってきたのは最前列のほぼ真ん中近く。文化会館小ホールの最前列は、私にとっては初体験でした。大ホールでは、大昔にミュンヒンガーとシュトゥットガルト室内オーケストラのバッハを聴いたことがありましたが、どうも最前列と言うのは聴いていて緊張してしまいます。居眠りしたらどうしょう、とね。

シーズン主催公演プログラムが配られること(これまでより若干薄手でしたが)、プログラムに「エク通信」が挟まっていること(今回は新セカンドの北見春菜と、大友肇の真面目な文章)、ホワイエで最近の活動の様子を紹介する写真パネルが飾られていることはこれまで通りです。
定期に先立って試演会が開かれていたのも従来通りで、今回は九品仏のサロンでのお試しコンサートを経ての本番でもあります。試演会はエクフレンズに告知されますが、フレンズでなくとも参加は自由。ざっくばらんに演奏の感想、作品への個人的な評価を話題にし、音楽界裏事情なども気軽に尋ねることが出来ますから、興味ある方は是非。ということで、私も試演会→本番というコースで予習も済ませてきました。

今回の3曲、ショスタコーヴィチとブラームス(第4位)はリクエスト上位曲ですが、最初のベートーヴェンは続く2曲への導入としてエクが選んだもの。次の四半世紀へのスタートとして、エクの新たなチャレンジに向けての決意表明としての選曲でしょう。
しかしこれが結果的には素晴らしいプログラム構成となり、ベートーヴェンの最初、ブラームスの最後に、ショスタコーヴィチのど真ん中のクァルテットが並ぶ選曲。偶然とは言いながら、王道を行く弦楽四重奏曲を、日本を代表するクァルテットが弾くコンサート。豪華出演陣の赤坂と比べて何ら遜色ない演奏会、じゃないでしょうか。

そのベートーヴェン、冒頭からエクならではの刻みが胸に響きます。最前列で聴くベートーヴェン、その対位法が、ソナタ形式が、アレグロ・コン・ブリオが心を揺さぶる。多くのファンが最前列席を求める理由が良く判りました。
29小節目から刻みが始まると、セカンド北見とヴィオラ吉田がアイコンタクトを交わしてファーストとチェロを支えていく。4人の表情、小さくても大きな意味を持つアクションを観察しながら音楽を聴く。これこそCDでは感じることが出来ない、ナマ演奏だけのスリリングな体験なのです。これまでと異なり、下手からファースト→セカンド→チェロ→ヴィオラという通常の並びに戻したエク、私にはこの方がより広がった音楽として響くように感じられました。

2曲目のショスタコーヴィチ。この作品がリクエスト最上位に選ばれたのは、多分エクで聴いてみたい、というファンの願望が強かったものと思われます。プログラム誌の「エク大いに語る」の記事でも、大友氏はこれまで弾いたショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は3曲だけと語っていますし、定期では取り上げていないと断言しているほど。私は遥か以前に、確か晴海時代のラボでロシア作品の一つとして聴いた記憶があるだけでした。
もちん試演会で体験済みでしたが、エクのショスタコーヴィチは貴重な体験と言えるでしょう。作品の性格上、極めて緊張感の強い演奏で、彼等の集中力も極限に達していたと聴きました。ベートーヴェンも緻密な構成で書かれた作品ですから、ショスタコーヴィチを続けて聴けば聴き手の疲労感もかなりのもの。
20分の休憩にロビーで上がった心拍数を平常に戻します。多くのエク・ファンからも上気した様子が窺えました。“よかったねぇ~”という声があちこちから。

メインはブラームス。エクが今年のテーマ作曲家に選んだのがシューマンとブラームスだそうで(エク大いに語る)、この二人の作品が並んで4位に選ばれたのを奇禍としましょうか。
大友曰く“ブラームスは基礎の骨組みからがっちり音楽を作っていく、どっしりした建築物”、なのですが、作品67は、68の作品番号を与えられた第1交響曲と同時に書き進められていた室内楽。シンフォニーとセットで書かれたということは、第1交響曲の緊張感とは好対照の解放感に満ちた音楽でもあります。
そのことが、プログラム前半のベートーヴェン+ショスタコーヴィチの緊張感とは絶妙なバランスを生み、演奏会に幅を持たせる結果を生むことになったのでは、と思慮します。精神的に内向きな前半に対し、外に向く後半。

第1楽章の出だしからモーツァルト「狩」を連想させるようにディヴェルティメントな雰囲気。経過部の弱音ユニゾンは、同じブラームスのセレナード第1番を思い出させませんか?
フィナーレもブラームスの「どっこいしょ」感満載で、聴きながら思わずこちらも躰を揺すってしまいます。このブラームス、明らかに試演会での感想を遥かに上回るものとなりました。本番に向けてキッチリ仕上げる、何もサラブレッドの世界に限ったことではないのです。

最後にプログラム誌の冒頭に記された「ご挨拶」から。2020年のベートーヴェン生誕250年に向けての弦楽四重奏曲全曲録音も、あと2枚(4曲)を残すのみ。来年中に全集が完結することをエクと共に期待しましょう。
その全集も、エクの継続的活動にとってはひとつの通過点に過ぎません。四重奏のレパートリーを広げて録音したいという彼等の活動にもエールを贈りましょう。
今年から新たなメンバーが加わり、これまでとは一味違うクァルテット・エクセルシオの響きを応援していこうではありませんか。

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